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リスクマネジメント事例

事例2 切迫流産と診断された女性従業員の就労拒否と安全配慮義務・賃金請求権

 F社女性従業員Kは妊娠4ヶ月で業務に従事していましたが、不安定な状態が続き主治医への受診の結果「切迫流産」と診断されます。 これを受けF社は「安静を要する」との医師の診断書に基き2ヶ月間の休職を命じます。
休職期間経過直前にKより「症状に改善が見られ復職可能」との主治医からの診断書が提出され、F社はこれをもとにKの復職可否を判断しますが、判定の客観性をより高めるため会社指定の医師への再受診を命じ(注)、その結果「軽易な業務への復職可能」との診断を得ます。
しかしながら小規模なF社に他の軽易な業務が存在せずこのような配慮にも限界があります。 一方、当診断書をもとに本人と復職に関する面談を行いますが本人は復職を強く希望しています。
会社としてリスクマネジメントを踏まえどう対応すべきでしょうかちなみにF社の就業規則では休職期間中の給与支払については「無給」と規定されています。
(注)就業規則上の包括的同意、ならびに休職発令時の個別同意を根拠とする業務命令

[ 関連法規 ] 労働基準法26条/民法536条/民法415条/民法709条/民法715条

リスクの所在

1. 本人の意思どおり就労させた場合
(1) 母子の健康悪化および流産のリスク
(2) (1)リスクが表面化した場合の安全配慮義務違反に基く損害賠償責任(訴訟リスク)

2. 就労を拒否した場合
(1) 労働基準法26条「休業手当」の支払義務
(2) 民法536条2項に基く賃金(反対給付)請求権の発生

措置・対策

高度な安全配慮義務履行の要請から引続き「休職」措置によりKを職場から離脱させる (就労拒否→休職延長措置)
[ 判断の根拠 ]
1. 症状の改善は見られるものの依然不安定な状態にある母子双方に業務上多くの危険が存在すること
2. 医師の診断書に記載された「他の軽易な業務」への転換可能性もないこと

効果

(1) 母子の安全(健康)確保
(2) 安全配慮義務の適切な履行による民事損害賠償リスクの回避

ポイント

この事例は、会社側の安全(健康)配慮義務の履行と、就労拒否に伴う従業員側の賃金請求権の剥奪、さらに労基法上の休業手当支払義務の存否が交錯するという複雑な問題をはらんでいます。
会社としては妊娠中の女性であることに加え、切迫流産という母子ともに危険な状態にある従業員への高度な配慮が求められる中、本人の強い就労意思に惑わされることなく、まずは母子の健康確保を最優先に考え、安全配慮義務違反が認定された場合の民事上のリスクも視野に入れつつ会社側の適切な安全配慮義務の履行が求められます。

そしてK本人の就労意思を排除し、安全配慮義務の履行を優先させた場合に考慮しなければいかないのがKの賃金請求権の有無です。
F社が休職期間中を「有給」(100%)とする取扱いをすれば、もはやKの就労請求権はないため、会社の人事権の範囲内で業務命令が可能となりこのような問題は発生しません。
ところがF社は休職期間中の給与については就業規則で「無給」と規定しており、今回のように本人の意思に反し就労を拒否し休職措置をとることがKの賃金請求権を剥奪する効果を伴うという問題をクリアしなければなりません。
初回の休職措置の際は、医師の「安静を要する」という明確な診断をその判断根拠とすることができましたが、今回の復職可否の判断根拠である診断書では「軽易な業務への復職は可能」と微妙な判定が会社の判断を困難にします。 
今回の件で従業員Kに発生すると考えられる請求権(F社側からみて義務)は以下の2つです。

(1) 60% の賃金支払義務 [ 労働基準法26条 休業手当 ]
(2) 100%の賃金支払義務 [ 民法536条2項 賃金請求権 ]

いずれにしても就労拒否に対する民法上の反対給付(賃金)請求権を否定できるだけの合理性を担保しなければなりません。(もしくは100%を支払い業務命令で休職させるか)

マネジメントプロセス

まず順序としては会社の公法上の債務である労働基準法26条の「休業手当」の支払義務が生じているかを判断します。 なぜなら上(1)(2)それぞれの義務の守備範囲は

(1)>(2)

の関係、つまり(1)で発生する「会社の責めに帰すべき事由」が(2)のそれよりも広いことを意味しており、(1)が否定されれば(2)も否定方向に働くと考えられるためです。
そこで休業手当ですが、今回診断された「切迫流産」は症状に改善が見られるものの、依然休職前の健康状態に戻っているとは言えず、法的には契約上の従業員側の債務の履行に依然瑕疵があるとみることができ、その原因も会社の支配領域との関連性が薄いと考えられ、休業手当の支払義務を発生させるべき会社側の帰責事由はないと判断します。(併せて労働基準監督署へも確認) 
さらに、医師の診断書に記載された「軽易な業務への転換」についてもその可能性の検討を経ており、結果その余地もないことから、会社側の一応の配慮も尽くされていると判断します。
よって

(1)支払義務なし → (2)請求権なし 

と構成しF社の従業員Kに対する賃金支払義務は公法上も私法上も「なし」ということになり、「賃金」の問題を克服します。 (一般に「切迫流産」は「傷病」にはあたらないものの、この事例では健康保険から当傷病による「労務不能」の認定を受け、「傷病手当金」[ 標準報酬日額×2/3相当額 ] が支給され法定の所得補償が確保されています。)

今回の事例は、母子の命にかかわる「健康」問題と従業員の生活の糧である「賃金」といずれもデリケートな要素が複雑にからんだ問題であり、まずは双方にとって大きなリスクの存在を認識し、会社が主体的に母子の安全確保を最優先に考え、併せて賃金請求権の問題についてもクリアしていくというきめ細かいリスクマネジメントの必要性を示しています。

なお、当事例のように復職可否の判断は医師の診断書により行うことが基本とされていますが、事案によってはその診断書の内容があいまいであり、それだけで判断するのが難しいケースも(「産業医」のいない事業所などに)見受けられます。 その場合はやはり医師に個別に照会をかけ復職可否の判断のためにより具体的な診断を求める必要があります。
また会社と医師との間の照会書のやりとりは医師から見ると個人情報の「第三者提供」(個人情報保護法23条)にあたるため、従業員からの個別の「同意」取得が必要であることは言うまでもありません。 

[ 補足 ]
この事例のような「休職」措置に限らず、「出勤停止処分」や「自宅待機」など会社主導のもと従業員の就労を拒否し、その期間中の賃金の支払が就業規則などで「無給」と規定されている場合も、同じく民法536条の危険負担の法理をふまえ、会社側の帰責事由(責任)の有無を判断していく必要があります。
この場合、出勤停止にせよ自宅待機にせよ、従業員側の 賃金請求権があるかどうか の判断はあくまで 会社側に責任があるかどうか が決め手となります。

【就労拒否の帰責事由の帰属と賃金請求権の存否の関係】
帰責事由 賃金請求権
(従業員→会社)
適用法規
会社 従業員
あり なし(あり)[注] あり 民法536の2
あり なし(なし)[注] なし
なし あり なし
なし なし なし 民法536の1

[注] (  )は従業員の 就労の意思・能力の有無を表しています。
つまり、会社側に責任がある就労拒否であっても、もともとその期間中本人に働く意思がない、あるいは病気やケガなどで働けない場合賃金請求権は否定され会社側に 賃金の支払義務は発生しません

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